メモ

ひとつよしなに。

ヒトリエ -wowaka追悼会-

ヒトリエをまともに見たのはゲストで招待してもらったIKIツアーファイナル@新木場STUDIO COAST、奇しくも2年後同会場でCoyote Howlingツアーファイナルをこんな形で迎えるなんて思ってもみなかった。

 

4月6日公式からメンバーの諸事情で公演中止の発表があった。

メンバーの諸事情っていう曖昧な表現に違和感はあったけどそこまで気にはしてなかった。

そして2日後の4月8日wowakaの急逝が発表された。

あまりに突然だし字面で見ただけだから実感が全く湧いてなかった。

 

個人的な話だが僕が大学生の時父は死んだ。その時も突然だった。心肺停止の連絡を受け病院に向かい死を見届けた。葬儀の準備などやらなきゃいけないことがいっぱいあってその時も実感が全く湧かなかった。だけど火葬を終え父が骨になって人からモノに変わった瞬間父の死を実感し猛烈な悲しみと喪失感に襲われて膝から崩れ落ちたのを覚えている。

だから頭のどこかではわかっているけど自分の目で確かめるまで信じられない、そんな気持ちの中で追悼会に臨んだ。

 

いつも通りのSEが流れ、シノダがwowakaのギターを掲げながら登場してきた時に全てを悟った、やっぱり現実なんだと。その瞬間から涙が止まらなかった。会場から溢れる涙と嗚咽、膝から崩れ落ちる人もいた。「彼が信頼してくれた僕たち3人だけで演奏すべきだと思った」と震える声で話すシノダの姿は辛すぎて見てられなかった。

 

柴さんが言うように「ポラリス」の歌詞の中に

  忘れられるはずもないだろう 君の声が今も聞こえる

  泣き笑い踊り歌う未来の向こう側まで行こう

ってフレーズがある。

ポラリス」に限らずwowakaが書く歌詞は、彼を失って喪失感に苛まれる我々と本来の意味とは異なるけどシンクロするところが多くて、メンバーとお客さんの大合唱は彼に向けたリクイエムみたいになってたと思う。一曲一曲この曲のこの歌詞を今シノダが歌う意味を考えてたらまた涙が止まらなくなった。 

 

ギター・ベース・ドラム+同期の編成でボーカルはwowakaの声を被せると思ってた。だからただでさえ変態的に手数の多いシノダがボーカルを取るなんて誰も予想してなかったと思う。一番辛いはずなのにここまで仕上げるまでどれだけ練習したんだろう、歌ってくれてありがとうって気持ちしかなかった。wowakaが憑依してたっていう人もいたけどそれは違うと思う。ずっと隣にいたシノダだからこそ彼の歌い方の癖も把握してるだろうし、それに少しでも近づけられるように練習した努力があるからこそできたんだと思ってる。それでも「クソ忙しい曲ばっかり作りやがって」って冗談を飛ばすシノダにすごい愛を感じた。

 

「天国にいるリーダーに届くようにみんなが絶対知ってる曲だから」ってラストの「ロンリーガール」で涙と嗚咽が混じり合った約1500人によるシンガロングは確実に天国に届いてるよ。

月並みであんま使いたくない表現だけどあのライブは神がかってた。でも絶対もう二度とあんなライブは見たくない。とにかく辛すぎる。

 

欠けたピースはあまりに大きい。それを埋めるのは不可能だと思うけど、それでもライブのクオリティーが落ちないのは3人のこれまでに培われた卓越した演奏スキルのおかげだし本当にすごい。リーダーこの3人を選んだのは間違いじゃなかったぞ。そしてヒトリエは前に進もうとしてる。その姿を見てライブの途中から悲しみよりも自分も過去と区切りをつけて前に進まなきゃって言う気持ちになれた気がする。

 

自分でもどっちに転ぶかわからないけど何かしら区切りをつけるために行かなければいけなかった追悼会。泣くのはもう終わりにしよう。最後映像で絶対また会いましょう!って言ったwowakaにはもう一生会えないけど今までありがとう、今後はまだ未定だけど解散だけはしないと言ってくれたヒトリエ絶対また会いましょう。

f:id:ykhzk0526:20190602125829j:image